指針の策定

令和5年11月29日付で、内閣官房及び公正取引委員会の連盟で、労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針が策定されました。
その背景には、令和4年4月以降、現時点までの急激な物価上昇に対して賃金の上昇が追いついていないことが挙げられます。
そして、急激な物価上昇を乗り越え、持続的案構造的賃上げを実現するためには、特に我が国の雇用の7割を占める中小企業がその原資を確保できる取引環境を整備することが重要とされます。そのため、今回の指針が策定されました。

労務費の価格への転嫁に関するデータ

公正取引委員会が、コスト構造において労務費の占める割合が高い業種を重点的な調査体調とし、令和5年度独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査の結果の概要は、以下のとおりです。

まず、原材料価格やエネルギーコストに比べて、労務費の添加が進んでいないという結果となりました。
(コスト別の転換率<中央値>:原材料価格は80%、エネルギーコストは50% 、労務費は30%)

そのうえで、コストに占める労務費の割合が高い業種は、上から順に、ビルメンテナンス業及び警備業(62.7%)、情報サービス業(57.9%)、技術サービス業(56.8%)、映像・音声・文字情報制作業(56.8%)、不動産取引業(41.9%)、道路貨物運送業(39.7%)となりました(全業種平均は32.4%)。

このうち、労務費の上昇を理由として価格転嫁を要請した業種は、高い方から順に、ビルメンテナンス業及び警備業(63.6%)、道路貨物運送業(55.2%)、情報サービス業(34.3%)、技術サービス業(27.7%)、映像・音声・文字情報制作業(18.3%)、不動産取引業(11.2%)となりました。

このうち、情報サービス業と技術サービス業に関しては、労務費の上昇を理由として価格転嫁を要請していない受注者が多いものの、要請した場合は労務費の転嫁率が90%と高いい状況となっています。

一方で、道路貨物運送業と映像・音声・文字情報制作業に関しては、労務費の上昇を理由として価格転嫁を要請してもその転嫁率が10%未満と低い状況となっています。

指針の性格

今回の指針は、この調査の結果を踏まえて、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストのうち、労務費の転嫁に係る価格交渉について、発注者および受注者それぞれが採るべき行動/求められる行動を12の行動指針として取りまとめたものです。
そして、発注者がこの指針に記載した12の採るべき行動/求められる行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、公正取引委員会において独占禁止法および下請代金法に基づき厳正に対処していくとされています。

発注者として採るべき行動/求められる行動

発注者として採るべき行動/求められる行動としては、以下の6つの行動が挙げられます。

①本社(経営トップ)の関与

発注者としては、労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取組方針を具体的に経営トップまで上げて決定すること、経営トップが同方針又はその要旨などを書面等の形に残る方法で社内外に示すこと、その後の取組状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップが更なる対応方針を示すこと。

②発注者側からの定期的な協議の実施

受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引き上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること。特に長年価格が備え置かれてきた取引や、スポット取引と称して長年同じ価格で更新されているような取引においては転嫁について協議が必要であることに留意が必要。

③説明・資料を求める場合は公表資料とすること

労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥当がくやその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること。

④サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を行うこと

労務費をはじめとする価格転嫁に係る交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁をによる適正な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること。

⑤要請があれば協議のテーブルにつくこと

受注者から労務費の上昇を理由に取引価格の引上げを求められた場合には、協議のテーブルにつくこと。労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと。

⑥必要に応じ考え方を提案すること

受注者からの申入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること。

受注者として採るべき行動/求められる行動

受注者として採るべき行動/求められる行動としては、以下の4つの行動が挙げられます。

①相談窓口の活用

労務費上昇分の価格転嫁の交渉の仕方について、国・地方公共団体の相談窓口、中小企業の支援機関(全国の商工会議所・商工会等)の相談窓口などに相談するなどして積極的に情報を収集して交渉に臨むこと。

②根拠とする資料として公表資料を用いること

発注者との価格交渉において使用する労務費の上昇傾向を示す根拠資料としては、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥当額やその上昇率などの公表資料を用いること。

③値上げ要請のタイミング

労務費上昇分の価格展開の交渉は、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回などの定期的に行われる発注者との価格交渉のタイミング、業界の定期的な価格交渉の時期など受注者が価格交渉を申し出やすいタイミング、発注者の業界の繁忙期など受注者の交渉力が比較的優位なタイミングなどの機会を活用して行うこと。

④発注者から価格を提示されるのを待たずに自ら希望する額を提示

発注者から価格を提示されるのを待たずに受注者側からも希望する価格を発注者に提示すること。発注者に提示する価格の設定においては、自社の労務費だけでなく、自社の発注先やその先の取引先における労務費も考慮すること。

発注者・受注者の双方が採るべき行動/求められる行動

発注者・受注者の双方が採るべき行動/求められる行動としては、以下の2つの行動が挙げられます。

①定期的なコミュニケーション

定期的にコミュニケーションをとること。

②交渉記録の作成、発注者と受注者の双方での保管

価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者と双方で保管すること。

ここで挙げた、発注者が採るべき行動、発注者・受注者の双方が採るべき行動/求められる行動に記載された全ての行動を適切に採っている場合には、取引条件の設定に当たり取引当事者間で十分に協議が行われたものと考えられ、通常は独占禁止法及び下請代金法上の問題は生じないと考えられていることから、独占禁止法及び下請け代金法違反行為の未然防止の観点からも、この行動に沿った積極的な対応が求められます。