令和5年5月17日、著作権の一部を改正する法律が成立しました。
この法律による改正は、
・著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設
・立法・行政による著作物等の公衆送信等の権利制限規定の見直し
・海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し
を内容とするものです。
今回は、海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直しをご紹介します。
なお、今回の内容は、令和6年1月1日から施行されています。
DX時代に対応した著作権制度・政策のあり方について(第一次答申)
今回の改正に先立ち、令和5年2月に、文化審議会により「デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策のあり方について 第一次答申」がまとめられました。
この答申は、令和3年度・令和4年度の2年間にわたり、文化審議会で審議を行なってきた内容となり、コンテンツのデジタル化による社会・市場の変化やテクノロジーの進展に柔軟に対応したコンテンツ創作の好循環の実現とその効用を最大化するために、著作権制度・政策を位置付けていくことが必要との課題意識に基づくものです。
海賊版の被害状況
コンテンツのデジタル化は、コロナ禍における巣ごもり需要も加わって、加速度的に進展する一方で、海賊版の被害状況は拡大する状況となっています。この答申によると、オンライン上の侵害に関して、令和元年から令和4年7月の間、日本における海外版サイトへの月間訪問者数の推移は、令和4年1月に月間5.1億回でピークに達したとされます。これは、大型漫画海賊版サイト「漫画村」による被害が最も大きかった平成30年3月当時の月刊訪問者数4億弱を大きく上回る水準となっています。
また、コンテンツごとの被害状況については、オンラインで流通する我が国のコンテンツのうち、映画、出版、音楽、ゲームに関わるものの海賊版被害額は、令和元年の推計で年間3,300億円から4,300億円に上るとされています。
このうち、漫画に関する海賊版被害については、令和3年1月からの年間でただ読みされた金額は1兆円を超えるとされており、漫画の紙・電子書籍を合わせた正規版の市場規模約6,126円を大きく上回っており、正規版の売上に甚大な影響を与えているとされます。
改正前規定における課題
著作権等が侵害された場合、侵害行為と損害との因果関係、損害額の立証が困難な場合が多く、逸失利益の賠償を受けることは容易ではないため、著作権法は第114条において損害額の立証の負担軽減を定めています。
まず、同条第1項では、侵害者により販売された数量(譲渡等数量)×正規品の本来の1個当たりの利益額(著作権者等の単位数量当たりの利益額)を損害額(逸失利益)としつつ、著作権者等の販売等を行う能力に応じた数量を超える数量及び著作権者等が販売することができない当する事情に相当する数量がある場合には、これらの数量に応じた額は損害額から控除されるものとされています。
もっとも、この控除された部分について、後述の同条第3項が規定するライセンス料相当額の賠償が認められるか否かについて、条文上明らかではなく、裁判実務上も判然としていませんでした。
次に、同条第2項では、侵害者の利益の額を損害額と推定しているところ、裁判実務上は、同条第1項の場合と道場に、権利者の販売等の能力を超える部分等について、その推定が覆る取扱いがなされていました。
そして、裁判例においては、同条第2項の損害額の算定の基礎となる数量から、原告の販売等の能力を超えるなどとして控除された数量について、同条第3項によるライセンス料相当額の損害の賠償を請求した際に、当該ライセンス料相当額の損害が認められなかったものがあります(平成27年3月26日東京地裁判決)。
さらに、同条第3項では、著作権等の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(ライセンス料相当額)を損害賠償を請求できるとする規定については、平成12年の著作権法改正において、一般的な相場にとらわれることなく訴訟当事者間の具体的事情を考慮した妥当なライセンス料相当額を認定できることを明確にするため、著作権法第114条第3項(当時第2項)の「通常受けるべき金銭の額」の「通常」の文言が削除された経緯がありました。
もっとも、実際の裁判例においては、この改正によって訴訟当事者間の具体的事情が十分に斟酌されたライセンス料相当額が認定されるようになったか否か判然としない状況にあるとの指摘がされていました。
改正後の内容
ライセンス料相当額については、著作権について権利者が自ら利用すると同時に、権利をライセンスして利益を得ることができる性質を有することに鑑みれば、「販売数量の減少による逸失利益」のみならず、「ライセンス機会の損失による逸失利益」も含めて損害額を算定できるようにすることが、損害の填補という観点からは望ましいと言えます。
また、知的財産権である特許法においては、令和元年特許法改正において、ライセンス相当額による損害賠償額の算定に当たって、損害として算定される対象にライセンス料相当額を加えることとされました。
このようなことから、今回、以下の通りの見直しがなされました。
①侵害者の譲渡等数量のうち、著作権者等の販売等の能力を超える、又は著作権者等が販売することができない事情があるとして賠償が否定される部分について、ライセンス料相当額の損害賠償を請求できることとする。
②ライセンス料相当額による損害賠償の算定にあたり、著作権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる額を明記する
これにより、著作権が侵害されていることを前提とした具体的な事情が考慮できることが条文条明確にされ、ライセンス料相当額の機会逸失による逸失利益の損害額の認定が可能となります。