令和7年5月16日に「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」が成立し、同年5月23日に公布されました。
本改正の背景には、近年、原材料価格やエネルギーコストの急激な高騰にもかかわらず、下請事業者への適正な価格転嫁が十分に進まず、中小企業の収益を圧迫してきた実態があります。政府は「パートナーシップによる価値創造のための国会連携円滑化施策パッケージ」を策定し、サプライチェーン全体での適正な価格転嫁を推進する方針を打ち出していました。公正取引委員会や中小企業庁の調査では、下請取引において価格交渉が適切に行われていない事例が多数報告され、これがサプライチェーン全体の付加価値を毀損し、生産性向上を妨げる大きな問題となっていることが指摘されていました。
また、中小企業が売上高の3割以上を下請取引に依存している状況も明らかになっています。
このような状況を改善し、中小企業の持続的な成長を支援するため、公正・公平な取引慣行の確立を急ぐ必要性から、下請法を抜本的に改正することになりました。今回の改正法は、中小企業を取り巻く厳しい経済状況に対応し、下請事業者の取引の適正化を一層推進するための重要な措置となります。。
そこで、今回の改正の概要をご紹介します。

改正前の問題点

改正前の下請法では、主に以下の点が問題視されていました。

不公正な取引行為への抑止力不足:
親事業者による買いたたきや一方的な減額、支払い遅延など不当な行為が散見され、既存の制度では十分な抑止力を発揮しきれていない面がありました。過去の独占禁止法違反事例において優越的地位の濫用に関する事件が増加傾向にあり、実効性のある是正措置が求められていました。今回の改正では、内部通報制度を取り巻く社会状況の変化に対応し、より実効性のある公益通報者保護制度を構築することを主眼としています。事業者にとって「何をすべきか」が明確になり、違反した場合のペナルティも強化されました。

適正な価格転嫁の不十分さ:
物価上昇局面において、原材料費や労務費の上昇分が下請代金に適切に反映されず、下請事業者の経営が圧迫され、事業継続が困難になる事例が増加していました。

交渉力の格差:
下請事業者が親事業者に対し、価格交渉を適切に行うことが困難であり、また交渉の結果が一方的に反映されないケースが多く見られました。これにより、下請事業者の収益悪化や、ひいてはサプライチェーン全体の付加価値毀損に繋がっていました。

特定の取引類型における保護の不足:
製造委託や情報成果物作成委託に加え、特に運送事業者の再委託取引など、サプライチェーンの根幹を支える取引において、旧下請法の保護対象外となるケースがあり、不公正な取引慣行が生じやすい状況でした。

適用対象の限定性:
資本金基準のみに依拠した適用対象は、実態と乖離し、保護が必要な中小企業が法の恩恵を受けられない場合があるとの指摘がありました。特に、資本金が3億円超の事業者が3億円以下の事業者に対し優越的地位を濫用し、不利な取引を強いるケースも存在しました。

主な改正項目

今回の改正により、適用対象となる取引及び従業員基準が追加されました。

特定運送委託の追加(新法第2条5項)

改正前は、物品の製造・修理委 託、情報成果物作成委託、役務提供委託が対象となっていました。
これに、今回の改正で「特定運送委託」が新たに追加されました。
これまでは、荷主が他の運送事業者に委託する物品の運送は、下請法の適用対象ではなく、独占禁止法に基づく物流特殊指定の対象となってきました。
しかしながら、このような物品の運送に関する不公正な取引についての問題が指摘されていることから、これに対処するため新たに追加されました。、

従業員基準の追加(新法第2条8項・9項)

改正前は、下請法の適用対象となる事業者規模については、原則として、取引類型ごとに規定された資本金基準で判断していました。
しかしながら、実際には、資本金の額と比べて、従業員数の規模が多い事業者が存在するケースが見られるため、これまでの資本金基準に加え、従業者数基準が追加されました。具体的には、以下の場合にこれらの委託を受ける事業者を中小受託事業者として本法の適用対象としています。

①製造委託、修理委託、情報成果物作成委託(プログラムの作成に係るもの)、役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に係るもの)の場合、常時使用する従業員数が300人超の法人たる事業者が、常時使用する従業員の数が300人以下の法人または個人たる事業者に対して委託等をする場合(情報成果物作成委託および役務提供委託の場合は、それぞれ3億円の資本金基準が適用されるものに限る)

②特定の情報成果物作成委託(プログラムの作成に係るものを除く)または役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に係るものを除く)の場合、常時使用する従業員数100人超の法人たる事業者が、常時使用する従業員数が100名以下の法人または個人たる事業者に対して委託する場合

手形による代金支払いの禁止(新法第5条1項2号)

改正前は、代金の支払方法として、手形払いを認めていました。
しかしながら、近年においては、現金支払いによることが多く、手形支払いによる商慣習に変化が生じていること及び手形を支払手段とすることに伴う不利益(即時現金化が困難な手形の存在や割引手数料の負担等)を踏まえて、新法では、委託事業者が手形を代金支払い方法とすることを禁止し、金銭および手形以外の支払手段であっても、当該代金の支払期日までに当該代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるものの使用が禁止されます。

協議に応じない一方できな代金決定の禁止(新法第5条2項4号)

改正前は、価格決定プロセスに関する具体的な規定はありませんでした。
もっとも、近年、親事業者が下請事業者に対する優越的な交渉力を利用し、対等な協議を行わないまま一方的に代金を決定する行為が問題視されていました。特に、原材料費などの急激なコスト上昇があった際にも、親事業者が代金の引き上げに関する協議に応じなかったり、十分な情報提供をしないまま、親事業者が決定した代金を下請事業者に押し付けたりする事例が見受けられました。
このように、一方的な代金決定は、下請事業者が不利益を被り、公正な取引条件とは言えない状況を生じさせていました。
そのため、今回の改正法では、代金決定プロセスの透明性を高め、親事業者が協議すべき状況において一方的に代金を決定することによって下請事業者の自主的な判断が不当に阻害されることを防ぎ、実質的な協議が行われることを確保するために、この規定が設けられました。

主務大臣等による指導および助言にかかる規定等の追加(新法第8条)

改正前は、公正取引委員会、中小企業庁長官、主務大臣について、勧告を除いて行政指導の権限の明文規定はなく、それぞれ各自の立場から親事業者等に対して調査権限を行使していました。
もっとも、それぞれの主体は、違反行為に効果的に対処するため、必要な指導および助言等を積極的に行うことが望ましいといえます。
そのため、新法では、指導および助言に関する明文の規定を設けました。
これにより、公正取引委員会、中小企業庁長官または製造委託等に関する取引に係る事業を所管する大臣は、本法の施行に関し必要があると認めるときは、委託事業者に対し、指導及び助言をすることができるようになりました。

施行期日

本改正法は、令和8年1月1日から施行することとされています。

今回の改正は、中小企業を取り巻く経済環境の変化に対応し、公正な取引環境を整備するための重要な一歩です。
今回、ご紹介した以外にも、改正された項目があります。各事業者の皆様は、本改正の趣旨を踏まえて、令和8年1月1日の施行に向けて、今後の事業運営において適切な対応を講じる必要があります。

ご不明な点がございましたら、当事務所までご相談ください。